2021年4月24日
今年2月、国土交通省が「多目的トイレ」の名称を変更するよう全国に呼びかけた。
きっかけはやはりあの人気芸人の騒動からだろうか。国土交通省が呼びかけたのは騒動の発覚から半年以上経ってからの事だ。
新しい名称は「バリアフリートイレ」となる模様。確かに、「多目的トイレ」という名称も間違いではないのだが、今回このように良からぬことをしでかす者が現れたことで報道が過熱し、名称変更の経緯に至ったと思う。このような問題が起こることの想定はもちろんできないが、芸人の不祥事で国が動いたとも思わざるを得ない。
そして国は東京・大阪・京都・兵庫の一都二府一県に緊急事態宣言の発令を発表した。今回で三度目のこの発令は、前回の解除からわずか1ヶ月ほどしか経過していない。
昨年の政策からそうなのだが、トイレの件も含め全てが後手だ。スマホのアプリからもの・ひとに至るまでアップデートが求められるこの時代に、最もバージョンが古いのが国と東京都知事だ。
東京都知事を名指ししてしまったが、例えば小池氏が環境大臣時代の2005年に掲げた「クール・ビズ」は流行語にもなり、今もなお広く浸透しているワードだ。今思えばそれどまりだろう。
昨年のコロナ渦で小池氏の会見が注目を浴びるようになった。得意げに出すも大したことは書いていなければ当たり前のことしか書いていないフリップを使い仰々しく”発表”する様はもはや専売特許ともいわれている。「首都の知事は国の知事」とも言われるだけあって、その辺は一流だ。
「密」「不要不急」「ステイホーム」なども小池氏発信から国が使いだした言葉ではなかろうか。
話は逸れたが、緊急事態宣言下において飲食店を中心に大幅な規制を強いられた。
確かにある程度は大事だが、規制で縛るだけでは何も生まれないというのが筆者の持論だ。
一番身近だったのがテレビ。一昔前と比べて、特にバラエティ番組を中心にテレビが規制だらけになったことで面白みが無くなった。若者のテレビ離れが加速している。
芸人の枠でも、テレビに出ることが成功のバロメーターだったものが、今やテレビでは自分たちの本来やりたいことができなくなるためにYouTubeに流れることが少なくない。
テレビではほとんど見ることのない芸人が、YouTubeの世界では爆発的なチャンネル登録者と視聴回数を誇る。どちらが売れているかは明白だ。
このように、がんじがらめの規制だらけでテレビが衰退したと思っている。
使う言葉はもちろん、子どもたちに身近なものと言えば校則だろう。
念を押しておくが、ある程度の規則は大事だ。それが守れなければ秩序などない。
しかし、それ以上に規制を強めることに何の意味があるのか。
先に挙げた飲食店の規制も然り。
元々はコロナ禍において新規陽性者を抑え込むための要請ではなかったのか。
今や飲食店をただ見せしめとして締め付けているようだ。
「違反した場合は~」
と、ペナルティが先行して発表される世の中。
新規陽性者を抑え込むのを目的に、その手段として飲食店の営業を縮小する。
学校の校則で言えば、規律や風紀を乱さないことを目的に、その手段として校則が定められている。
今や飲食店は自治体からのペナルティを受けないために要請に従い、学生は教師から叱責を受けないために校則を守る。
”目的のための手段”が、”手段そのものが目的”になってしまい、もはや本来の目的を見失いつつある。
ただでさえ経営が難しいといわれる飲食店は、本来の目的を見失っていないところこそ続く気がする。
規則を定める側、規制をかける側の国、自治体、学校などは、本来の目的とそのための手段であることをしっかりと落とし込む努力が必要である。
もちろんそれを正確に伝えることこそ最も大事ではあるが、筆者は元々報道機関を信用していない。
求める側、受ける側。それに取り巻く人々。皆が本質を理解していればもっとよりよい世の中になると思うのだが。


